昭和の時代をご記憶の方なら、「良導絡(りょうどうらく)療法」という言葉に聞き覚えがあるかもしれません。 かつて、「色覚異常(色盲・色弱)が治る」という触れ込みで一世を風靡した電気針治療の一種です。私も昔、淡い期待を抱いて試した一人でした。
現代医学の結論から言えば、先天的な遺伝子特性である色覚そのものが、こうした治療で「完治」することはありません。 しかし、当時の私が必死に取り組んだあの行動や体験がすべて無駄だったかというと、決してそうではありません。むしろ、実態はもっとポジティブなものでした。
完治はせずとも、当時の私は主観的に「見えやすくなった」という一定の効果を確かに感じていました。それは、自律神経を整え、血流を良くすることで、疲労で落ちていたパフォーマンスを本来の状態に戻す――そんな「身体のメンテナンス」としての効果が、私の視覚ポテンシャルを最大限に引き出してくれていたのだと、今でも肯定的に捉えています。
けれど、私の視覚世界をさらに劇的に変えたのは、精神論や体質改善ではなく、もっと物理的で、かつ脳科学的なアプローチでした。 それが、**「色覚補正メガネ」**です。
今回は、このメガネを通じて私が体験した「脳の学習能力」の凄さと、色覚特性を持つ者だけが味わえる「2つの世界」についてお話しします。
緑が「明るすぎる」私の世界と、ピンク色のレンズ
一口に色覚異常といってもタイプは様々ですが、私は分類上「緑色弱(2型)」の傾向があります。 私の目には、自然界の「緑」が健常な方よりも遥かに明るく、輝度が高く映ります。まるで蛍光色のように緑が主張してくるのです。その反面、「赤」はくすんで暗く沈んで見えます。
このバランスを整えるために私が選んだのは、ピンク色のフィルターレンズでした。 理屈はシンプルです。ピンクは緑の補色。このレンズを通すことで、私にとって過剰な「緑の光」を物理的にカット(減光)してしまうのです。
するとどうなるか。圧倒的な緑の眩しさが抑えられ、それまで埋もれていた「赤」の成分が相対的に浮かび上がってきます。初めてこのメガネをかけた時、色の区別がついたこと以上に、「世界にはこれほど奥行きがあったのか」というコントラストの変化に驚かされました。
メガネが「教師」になり、脳が学習する
中でも特に印象的だったのは、ふと目に入った桜の花を見た時のことです。 それまで私は、桜はずっと「ただの白い花」だと思っていました。「桜色」という言葉があるのは知っていても、私にはその本当の意味(色味)がわからず、ただ白い花弁の集まりとしてしか認識できていなかったのです。 世の中の多くの人が愛でている「桜色」を知らずに生きてきたわけですから、ある意味で、私はずっと損をしていたのかもしれません。
しかし、補正メガネを通して見た瞬間、衝撃が走りました。 そこには、これまで見たことのない、淡く、それでいて確かに主張する美しい色がついていたのです。
「ああ、桜の花にはこんな色があったんだね。みんなはずっと、この美しさを見ていたのか……」
いい歳をして初めて知ったその事実に、これまでの自分を少し気の毒に思うと同時に、ようやく本当の桜に出会えたという深い感動がありました。
そして、さらに驚くべきことが起きました。 この「正解」を知ってからというもの、今では補正メガネなしの裸眼の状態でも、桜の花がちゃんと「ピンク」に見えるようになったのです。
誤解しないでいただきたいのは、決して**「色覚が改善した」わけではない**ということです。網膜のセンサーは変わっていないのですから。変わったのは、情報を受け取った脳の情報処理能力や認識能力の方でした。
これを専門的には**「知覚学習(Perceptual Learning)」**と呼ぶそうです。 補正メガネで見える「色分けされた正解の世界」を脳にインプットし続けることで、脳の中にデータベースが構築されます。
「あ、今まで白く見えていた桜の花の色は、実はピンク(桜色)だったんだな」
脳がそのパターンを学習すると、メガネを外した裸眼の状態でも、桜の花の色はピンクだと認識できるようになったのです。
ハードウェア(目)は変わらなくても、ソフトウェア(脳)のアップデートによって、認識力は拡張できる。その事実を、私は身を持って体験しました。
「弱点」と「最強」が同居する、2つの視覚
さて、補正メガネを手に入れた私は、今や「正常色覚に近い世界(メガネあり)」と「私の本来の世界(裸眼)」の2つを選択できるようになりました。 この比較実験を繰り返す中で、私の本来の目には、一般の方にはないユニークな特性――ある種の**「強み」**があることにも気づきました。
例えば、「赤いバッグの中にある、緑色の文字」。 一般色覚の方にとっては「補色同士の派手な配色」に見えるでしょう。しかし、私の目にはもっと劇的なコントラストとして映ります。 私にとって赤は「黒に近い暗い色」、緑は「発光するような明るい色」。つまり、この配色は私にとって「黒地に光るネオンサイン」のように、最強の視認性を誇るのです。
結論:特性をハック(攻略)して生きる
街路樹の緑に埋もれる赤信号など、日常生活にはまだヒヤリとする場面はあります。 しかし、自分の目の特性(緑が明るく、赤が暗い)をロジカルに理解し、補正メガネというツールで「一般の人の見え方」もシミュレーションできるようになった今、私はこの目を不便な欠陥だとは捉えていません。
私には、一般の人には見えない「光と影のコントラスト」が見えています。そして必要な時には、科学の力で「色彩の世界」も覗くことができます。 治す・治さないという古い議論を超えて、自分の身体特性を理解し、ツールを使ってハックする。そんな付き合い方が、これからのスタンダードになっていくのではないでしょうか。
ただ、ダルトンの色覚補正メガネは高すぎますね。普通のメガネくらいの値段にして普及させてもらいたいものですよね。
ダルトンで作るときほど、細かく色合わせをしなくても、色の方向性がわかれば多少違っても効果はあると、今の私はダルトンで作ったのとは違うピンクレンズのサングラスを利用しています。
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